30年間、
解決法の分からない
自己否定と共に
生きてきました
誰にも自分の本音が言えない
自分を犠牲にしてでも
他人を優先してしまう
「悩みなんて言っても
迷惑になるし
解決にもならない」
と誰にも相談できない
何か面倒なことがあっても
自分が我慢すればいいと
考えてしまう
悪い空気になりそうな時、
顔色を伺いながら
立ち回ってしまう
性格・能力・精神力
自分の全てに自信が持てない
毎日一生懸命
生きてるはずなのに
誰よりも”ちゃんと”
してきたはずなのに
自分以外の人が弾ける笑顔で
人生を楽しそうに
送っている様子に
悲しいんだか悔しいんだか、
なんだかよく分からない
ドロドロした感情が
湧き上がってくる。
「どうにかこの暗闇から
抜け出したい」
そう思いました
心理学や
自己肯定感向上の本を
読み漁り
SNSを徘徊し
できることから
実践しました
いつか変われるはずだと
思ってました
そんな期待を
抱いていました
しかし、
どんなに情報を集めても
現実は変わらない
生きづらさが
消えてくれない
自己犠牲は続き、
気づけば
自己否定のループから
抜け出せず…
心と体が
限界を迎え
自分という人間の価値が
分からなくなりました
心も体も限界を迎えたその時、
自分の心の叫びが
聞こえてきました
「ぼくだって、自分の人生を
もっと自分らしく生きたい」
「このまま自分の本音を言えず、
やってみたいことや、
楽しそうなことを
何一つできずに死にたくない」
どうしても諦めきれませんでした
そこから、
自分自身と対話を繰り返し
「本当の自分」を
受け入れることができた
そして、
ネガティブな自分を
無理に変えようとしなくても
自分を責め続けながら
生きる毎日から
少しずつ抜け出せるように
なったんです
自分にネガティブな言葉を
浴びせ続け
ただ我慢するしか
なかったあの頃
生きる意味を見失うほど
落ち込んでいたぼくが
あの頃、心から欲しかった
「自分を
否定し続けなくていい人生」に
少しずつ近づくことが
できました
ネガティブな自分のままでも
前よりずっと
生きやすくなった
自己否定に振り回される人生から
少しずつ抜け出していった
「自分史上最高の人生」を
手に入れるまでの
人生大逆転ストーリー
ぼくと繋がってくださった
”あなたにだけ”にお伝えします

こんばんは!
すみにゃんです🐱
今日は
自己肯定感は皆無。
自分の本音を出せず、
数々の生きづらさを抱え
日々自己否定を手放したいと
勉強や行動に移し努力するも
何も変わらない。
そんな自分がさらに
嫌いになって
自己犠牲を重ね
心はからっぽに
生きる意味がわからなくなった
人生のどん底から
自分自身を理解し
自分を受け入れて癒すことにより
「ネガティブな自分」を
無理に変えようとしなくても
自分を責め続けることや
無理な我慢をすることが
少しずつ減っていきました。
落ち込む日もある。
ネガティブな気持ちも消えない。
それでも、
前よりずっと生きやすくなった。
自分を無理に変えなくても
人生は楽になる。
そのことに気づけた
私の過程を
包み隠さず
全てお伝えします。

この記事に書かれていることは
ぼくの過去であり
紛れもない事実です。
途中で目を背けたくなる
ところもあるかもしれません。
正直、ここまで
全てを話すことは
とても勇気が要りました。
思い出すだけで
あの頃の地獄のような日々、
消し去りたい過去が
まだ蘇ってくるからです。

でも、ぼくは
その地獄のような過去を
乗りこえて今ここにいます。
そして、あなたにも
私の過去を
知ってもらいたいと思っています。
あなたが一歩でも
前に進む勇気の糧にして欲しい。
あなたには
ぼくのように
目的に辿り着くまでに
たくさんの回り道や
しんどい思いを
できるだけして欲しくないと思ってます。
自分の思い描いた
輝く未来を手に入れることを
絶対にあきらめないでください。

たとえ
すぐに結果に
繋がらなくてもです。
正しい方向で向き合えば
必ずあなた自身の力で
自己否定に
振り回される毎日から
少しずつ抜け出し
ネガティブな自分のままでも
生きやすい人生を
送ることができます。
この事実を
あなたにお伝えしたくて
この記事を書くことにしました。
ぼくの過去を知って
あなたが一歩踏み出すための
糧に変えてください。

これからお話するのは
30歳の秋。
空回りし続け、
生きる意味を見失っていたぼくが
あるきっかけを通して
「自分との向き合い方」が
大きく変わったお話。
周囲の機嫌を取り
顔色を気にして
自分の気持ちを
押し殺し続けたために
本来の自分が分からず
苦しみ続け
自己否定ばかりだったぼくが
自分自身を知り
少しずつ受け入れることで
周囲の顔色に
振り回されることが減り
ネガティブな気持ちがあっても
自分を責め続けることなく
自分の意思で
生きられるようになった。
劇的にポジティブになった
わけではなくても、
前よりずっと
生きやすくなった。
そんな
ウソみたいなホントの話。

自己否定ばかりで
明日に希望なんて
持てなかった。
真っ黒なトンネルを
歩き続けて出口なんて
分からない。
どん底な人生を
歩んでいるぼくが
あるきっかけで
人生が大きく変わった話を
お伝えします。
正直、辛い表現も
たくさんありますが
ぼくの経験が
あなたの役に立てばと思い
全てを包み隠さず
お話します。

ぼくはごく普通の家庭で、
三兄弟の三男として生まれました。
当時は何をするにも
2人の兄を真似して幼少期を過ごしていました。
性格はマイペースで
当時からあまり反抗したり
主張が激しいタイプではなかったと思います。
大体着る服は兄のお下がりで
それに特に文句を言うこともなく、
先に少年野球チームで野球をしていた
兄の後を追うように
ぼくも気付いたら野球を始めていました。
自分の意志を持たなくても
2人についていけば問題なく生きていけたのです。

ただ、兄を追いかけていたぼくに
ネガティブな感情が芽生えていきます。
「なんでぼくは、
あんなふうにできないんだろう」
なぜそうなってしまったのか。
大人になって
自分を見つめ直した
今だからわかるのですが
ぼくは無意識に
自分と2人の兄を比較しながら
自分を見ていたのです。
2人の兄と同じ道を追いかける
ぼくとしては不幸なことに
ぼくは2人ほど
勉強とスポーツができませんでした。
学校の成績も良好で
野球でもレギュラーを勝ち取る兄達に比べ、
ぼくは上手くいかないことが多かったです。
小学校での成績もそんなに良くもなく、
運動神経も良い方ではありませんでした。
それ以外でも
おどおどして人と上手くしゃべれなかったり
何かと優柔不断で決められないことが多かったり
悪気はなかったと思いますが、
親からも
「〇〇(兄)のようにちゃんとしなさい」
と言われることも多かったです。
その度に心の中では、
「ぼくだってちゃんとしたいよ」
「でもできないんだよ」
そんな気持ちが溜まっていきました。
いつの間にか
ぼくは2人の兄に対して
”劣等感”を抱いていくようになりました。

ワンピースの言葉を借りるなら
「出来の悪い弟」の感覚です。
野球に関しても、
他の選手よりも体が小さく
いろいろと苦労していましたが
特にバッティングが苦手でした。
いつしかぼくには
「打てない選手」というイメージが
チームの中でも家族の中でも付いており、
当然そのことを知っている当時の監督も
ぼくの打撃練習の時間を短くし、
その分バッティングの上手い他の選手に
時間を充てることもありました。
未だに覚えているのですから
当時のぼくには
かなりショックな出来事でした。
「ああ、ぼくって期待されてないんだ」
「やっぱりできないやつなんだ」
当時のぼくは、
自分のことを見てもらえないことにより
自尊心を失っていき、
それも
自分の能力が低いからだと思い込み、
ひたすら自分を責めていました。
ただ、こんなぼくですが
小学校の中では
なぜか周りから
「真面目で優等生」
というイメージを
持たれるようになりました。
今思えば、
普段のぼくが
物静かで
あまり目立たない
性格だったから
そう見えていたのかも
しれません。
でも、当時のぼくにとって
そのイメージは
嬉しいものでもあり
同時に
とても怖いものでも
ありました。
なぜなら、
「優等生」
だと思われている以上
ダメな自分を
見せてしまったら
みんなに
失望されてしまうんじゃ
ないかと思ったからです。
「ちゃんとしていない自分がバレたら終わる」
「がっかりされたくない」
だからぼくは
いつの間にか
「優等生の自分」
を演じるように
なっていました。
先生の顔色を見て
怒られないようにする。
友達の顔色を見て
空気を悪くしないようにする。
監督の機嫌を見て
期待に応えようとする。
親に
「ちゃんとしてるね」
と言われるように振る舞う。
気づけば、
ぼくの行動の基準は
「自分がどうしたいか」
ではなく
「相手にどう思われるか」
になっていました。
誰かに喜ばれること。
誰かに評価されること。
それが
ぼくの行動の
基盤になっていたのです。
「嫌われたくない」
「ちゃんとしてると思われたい」
その思いだけで生きていました。
中学生になる頃には
学校の成績は
クラスの中では
意外とそれなりに
良い方でした。
そのこともあって
周りからは
相変わらず
「真面目で優等生」
というイメージを
持たれていました。
でも
ぼくの家には
もっと優秀な
2人の兄がいました。
勉強も
スポーツも
兄たちの方が
ずっと上。
だからぼくの中では
いつの間にか
こんな感覚が
生まれていました。
「完璧でいないといけない」
失敗したら
ダメな人間だと思われる。
かっこ悪い自分を
見せたら終わりだ。
そう思うようになり
ぼくはますます
「ちゃんとしている自分」
を演じるように
なっていきました。
でもその裏で
本当のぼくは
いつも
不安でした。
「このままの自分がバレたらどうしよう」
「本当は大したことないって思われたらどうしよう」
だから
本音を出すことも
弱い自分を見せることも
できませんでした。
「周囲からのイメージ」と
「本当の自分」の
ギャップに苦しんでいたんです。
今思えば、
この頃からぼくの中で
自己否定のループ
が少しずつ
作られていったんだと思います。

中学を卒業する頃、
ぼくは
ある意味当然のように
進学校を目指すことになりました。
なぜなら
2人の兄が
それぞれ
それなりに偏差値の高い
進学校へ進学していたからです。
家の中では
「高校は〇〇くらいのレベルに行くもの」
そんな空気が
なんとなくありました。
今になって思えば、
もちろん
進学校に進まない道もありましたが、
「ぼくもそうしないと」
と勝手に思っていました。
結局その流れに乗るように
受験勉強をして
結果として
兄たちと
同じくらいの偏差値の高校に
合格することができました。
合格したときは
「これでやっと
兄たちに追いつけるかもしれない」
そんな気持ちもありました。
「これで少しは認めてもらえるかもしれない」
ですが、
高校に入ってすぐ
現実を思い知らされます。
中学では
それなりに成績が良かったぼく。
でも高校では
底辺中の底辺。
周りには
今まで出会ったことのない
頭のいい人たちが
たくさんいました。
テストの点数も
「どうやったら
こんな点数が取れるんだ」
と思うような
生徒ばかり。
それだけではありません。
運動神経が
抜群の人たち。
何をやっても
器用にこなす人たち。
そんな人たちに囲まれて
ぼくは
「自分はなんてダメなんだろう」
「何事も並以下しかできない」
そう思うように
なっていきました。
また、
高校でも
当然のように
兄たちと同じく
硬式野球部に入りました。
でも
ここでも
うまくいきませんでした。
練習しても
なかなか結果が出ない。
試合にも出られない。
周りには
もっと上手い選手が
たくさんいる。
ぼくなりに
必死に努力はしました。
けれど周りからは、
「あいつは頑張ってるけど
結果が出ないタイプ」
と印象が根付いていきました。
「頑張っても報われない」
「努力しても意味がないのかもしれない」
結局ぼくは
レギュラーになることもなく
高校野球生活を
終えることになります。
そして次に待っていたのが
大学受験です。
兄たちは2人とも
現役で国立大学に進学していました。
だから、
ぼくも当然のように
国立大学進学を目標に
大学受験に挑みました。
ですが、結果は
大失敗。
このまま
私立大学に
進学することもできました。
でもぼくは
どうしても
それが許せませんでした。
「このままじゃダメだ」
「自分だけ置いて行かれる」
そう思い、
浪人することを決めました。
ですが
この浪人生活が
想像以上にきつかったんです。
毎日
朝から晩まで勉強。
それでも
思うように成績は上がらない。
周りは
どんどん先に
進んでいる。
先に進学した友達は
大学生活を楽しんでいる。
自分だけが
立ち止まっているような
感覚。
「やっぱり自分にはダメなのか」
「何のために頑張ってるんだろう」
何度も
くじけそうになりました。
気づけば
どんどん
ぼくの目から光が消えていった
と、後から親に聞きました。
当時、母親は
心配して兄たちに
相談していたそうです。
そして、
迎えた2度目の受験。
結果は
また大失敗。
結局ぼくは
現役のときでも
余裕で合格できた、
私立大学に
進学することになりました。
浪人のために
かけてもらった高い学費を
無駄にして
さらに
高い学費のかかる
私立大学。
ぼくは
両親に対して
死にたくなるくらいの
罪悪感を感じていました。
二人の兄に対しても
惨めで顔向けできない。
「もう自分は
何をやってもダメなんじゃないか」
そんな考えが
頭から
離れませんでした。
ある日、
家族で夜ご飯を
食べているとき
ぼくは突然泣きながら
両親にこう言ったことがあります。
「二人に恩返ししたいけど…
もう何をやってもダメかもしれん」
それくらいぼくは
自分のことが
分からなくなっていました。
この頃にはもう
ぼくの中で
自己否定のループ
は、完全に出来上がっていたんだと
今なら分かります。

大学に進学してから
周りの人たちはよく
「大学生活は人生の夏休みだ」
と言っていました。
自由な時間も多く
サークルや遊びを楽しみ
人生で一番楽しい時期だと。
実際に
楽しそうに大学生活を
送っている人は
たくさんいました。
でも、ぼくは
そこまで大学生活を
楽しむことができませんでした。
なぜなら
ずっと
ある不安を
抱えていたからです。
兄たちはすでに
それぞれ
希望の大学へ進学し、
あるいは希望の就職先に
就職していました。
それに比べて
ぼくは
「希望の大学へも行けなかったし
このまま何もやりたいことがないまま
就職してしまうのか」
という焦りを
ずっと感じていました。
「このまま流されて終わるのかな」
「ぼくの人生って何なんだろう」
そんなとき、
実際に就職シーズンに入った時、
ふと思ったんです。
「ロボットの研究をしてみたい」
昔から
漠然と
機械やモノづくりには
興味がありました。
だからもう一度、
勉強に本気で
向き合ってみようと思いました。
「自分のやりたいこと」
を優先してみました。
そしてぼくは
大学院への外部進学
を決意します。
外部進学というのは、
通学していた大学とは
別の大学へ進学することです。
周りの人たちは
普通に就職していく中、
ぼくは
必死に勉強しました。
その結果
希望とする大学院に
合格することができました。
そのときは
本当に嬉しかった。
初めて勉強を通して
自分の努力が報われた
と思えた瞬間でした。
親も
兄たちも
とても喜んでくれました。
「よく頑張ったな」
そう言って
祝福してくれました。

ですが
大学院に入ってから
また現実を思い知らされます。
やる気はありました。
でも、研究は
当然ですが
今までやったことのないこと
ばかりでした。
分からないことだらけ。
そして大学院には、
当然のように
優秀な学生が
たくさんいました。
理解が早い人。
発想力のある人。
研究をどんどん進めていく人。
そんな人たちの中で
ぼくは
焦っていました。
研究室の友達や教授に
「こいつ無能だな」
と思われたくない。
でも、現実は
理解力の低さや
要領の悪さに
何度も苦しみました。
それでも
なんとか
2年間の研究を終え
大学院を
無事に修了しました。
そして
次は就職活動。
ぼくは
ロボット事業もやっている
大手企業に
就職したいと思いました。
ですが、結果は
最終面接で不合格。
同じ研究室の仲間たちは
どんどん
大手企業への
就職を決めていきます。
その中で
ぼくは
別の企業へ
就職することになりました。
それでも
大企業のグループ会社だったため
家族からは
「安泰だね」
と言われていました。
しかし、
ぼくの中では
「やっぱりダメなんじゃないか」
「何も思い通りにいかない」
負の感情が
自分を覆っていました。
それでも、
ぼくの就職した企業は
ロボットの開発事業を行っており、
「自分のやりたいことが
できるかもしれない」
と、淡い期待を抱いていました。
ですが
現実は違いました。
希望していた
ロボット事業の部署には
配属されなかったのです。
「なんでまたこうなるんだ」
「やっとここまで来たのに」
それでも
「ここで頑張れば
スキルアップできる」
そう思い
与えられた部署で
精一杯頑張ろうと決めました。
大学時代
正直特別なスキルは
ほとんどありませんでした。
それでも
「ソフトウェアの仕事がしたい」
そう上司に伝え、
プログラミングの仕事が主となる
ソフトウェアチームに
入れてもらいました。
ですが
ここでも
また
同じ壁にぶつかります。
自分の能力の低さ。
理解力の遅さ。
優秀な上司。
高圧的な上司。
優秀な同僚。
優秀な後輩。
「周りと比べて
自分だけができない」
そんな感覚が
どんどん強くなっていきました。

それでも
「なんとかチームの役に立ちたい」
「自分の強みが欲しい」
そう思い、
家に帰ってからも
勉強を続けました。
自分の
性格や思考を変えたいと、
自己啓発本や
ビジネス本などにも
手を出しました。
でも
現実は
ほとんど変わりませんでした。
残業も多く、
毎日深夜に帰宅するうち
疲れも溜まっていきました。
次第に
こんな言葉が
頭の中に
浮かぶようになります。
「自分は何の役にも立ってない」
そして
いつの間にか
自分で自分に
このようなレッテルを
貼っていました。
「社宅ニート」
会社で
何もしてなくても
特に何も言われない。
それはつまり、
ぼくがいなくても
困る人がいないんです。
「自分は
ここにいる意味があるのか」
「何のために
仕事をしているのか」
「何のために
生きているのか」
気づけば
毎日
仕事へ行くのが
憂鬱になっていました。
出社する朝を
迎えるのが怖くなり、
夜も眠れなくなりました。
仕事にも
まったく集中できません。
仕事の資料を何度読んでも
頭に入らない。
文字が目から入って
脳を通らず流れ落ちていく感覚です。
誰とも
話したくない。
会議に
参加することすら
嫌になっていきました。
誰かに
相談する気力もありませんでした。
そしてついに
ぼくは
うつ病と不眠症
と診断され
休職を
余儀なくされました。
ここまで来て、
ぼくは初めて気づきました。
自分はずっと
自己否定のループ
の中で
生きてきたんだと。

うつ病と不眠症と診断され、
ぼくは
会社を休職することになりました。
正直、最初は
「少し休めば大丈夫だろう」
そう思っていました。
それに
「早く復帰しないと」
とも思っていました。
「ただでさえ無能な自分が
休んでなんかいられない」
でも
現実は
想像していたものとは
全く違いました。
同じ経験をしたことがある人なら
わかると思います。
何もできなくなるんです。
お風呂にも入れない。
食欲もない。
ベッドから
起き上がることすらできない。
以前は
映画を見たり
ゲームをしたりするのが
好きだったぼくでしたが
何をしても何も感じない。
楽しいはずのものが
何も心に入ってこない。
ただただ
涙だけが出てくる。
「もういっそ
終わりにしたい」
そんなことばかり
考えるようになりました。
ただただ
何もしない日々が
続いていきました。
それでも
半年ほど休んで
ぼくはなんとか
会社に復帰しました。
「今度こそ頑張ろう」
そう思っていました。
でも
根本的な問題は
何も解決していませんでした。
そして
復職して
半年ほど経った頃
事件が起きます。
ぼくは
詐欺にあい
財産を失ってしまいました。
その瞬間
頭が
真っ白になりました。
「もう全部終わった」
まさか自分が
こんな目に遭うなんて
思いもしなかった。
それまで
なんとか踏ん張っていた、
心が完全に
折れてしまいました。
鬱が再発しました。
また
何もできなくなりました。
財産を失い
仕事も続けられず
将来も見えない。
こんな自分が
惨めで情けなくて
自分の顔を見るのも
嫌になっていた。
「もう死のう」
本気で
そう思いました。

それでもかろうじて
ベッドに横たわったまま
家族にLINEだけすると
すぐに電話がかかってきました。
電話の向こうで
母は
こう言いました。
「何も考えなくていいから
帰っておいで」
兄は
こう言いました。
「ほんとはおれも
死にたいと思ったことがある」
そして続けて
こう言いました。
「死にたいかもしれんけど
今はまだ待て」
その言葉を聞いたとき
ぼくは、ただ
泣くことしか
できませんでした。
実家に帰る途中、
電車の中でも
気を抜くと
涙が出てきました。
家に着いて
親の顔を見た瞬間
また涙が
あふれてきました。
そこから
また何もできない生活が
始まりました。
でも、今回は
こう思ったんです。
「ひとまず
休めるだけ休んでみるか」
「今後のことなんか
今は知らねえ」
そんな
半分投げやりな気持ちで
過ごしてみることにしました。
これが後になってみて
良かったのだとも思います。
そんな中で
「おれって
何かやりたいことあったっけ?」
ゆっくり
そう考えながら
ずっと
やってみたいと思っていたことを
始めてみました。
その一つが
ゲーム実況です。
そこから
自分の動画を投稿するため
動画編集も始めてみました。
すると
不思議なことに
ゲーム実況が
めちゃくちゃ楽しかった。
「あれ、まだ自分は楽しいって思えるんだ」
「まだ終わってなかったんだ」
そして気づけば
1年経っても
続けることができていました。
それまでのぼくは
何をやっても
続きませんでした。
でも、初めて
「継続できる喜び」
を知りました。
そして
こう思いました。
「動画編集を仕事にするのも
いいかもしれない」
やってみると、
すごくやりがいを感じました。
「やりたいことが
できている」
そんな感覚を
久しぶりに感じました。
安定した企業に就職して
会社員として生きていくこと。
これまでは
それがあたりまえで
そう生きていくことを
疑っていなかった、
その常識を
覆してくれた感覚でした。

そして
動画編集を通して
ある人と出会いました。
その人は
個人で稼ぎながら
自分の理想の人生を送っていました。
無理して強がっている感じでもなく、
自然体なのに
ちゃんと自分の軸がある。
しかも、
ぼくと話していても
一切自分を大きく見せようとしない。
でも、
どこか自信がある。
その姿を見て、
ぼくは思いました。
「なんでこの人は、
こんなに自然体でいられるんだろう」
やり取りをする中で、
ぼくは少しずつ
その人の考え方に触れていきました。
そしてある時、
ぼくの人生を変える言葉を
もらいます。
「ネガティブって長所ですよ」

最初は
意味が分かりませんでした。
だってぼくは、
ネガティブな自分が嫌で嫌で仕方なくて、
ずっと
「こんな自分はダメだ」
と思って生きてきたからです。
でもその人は、
こうも言いました。
「成功してる人にも
ネガティブな人は多いですよ」
「慎重だから気づけることもあるし、
不安になるから準備できることもある」
「だから、
ネガティブなのが悪いんじゃないです」
ぼくはその時、
初めて思いました。
「今まで、
自分の性格そのものを
敵にしていたのかもしれない」
それまでのぼくは、
自分の生き方を変えたいと思って
本を読んだり、
SNSで情報を探したり、
前向きな言葉を集めたりしていました。
でも、
何をやっても変わらなかった。
なぜならぼくは、
自己否定を
ただの「性格の悪さ」や「気持ちの弱さ」
だと思っていたからです。
そうじゃなかった。
本当は、
ぼくの中には
ある流れがあったんです。
何かうまくいかない
↓
自分を責める
↓
落ち込む
↓
「変わらなきゃ」と焦る
↓
またできない自分を責める
この繰り返し。
ぼくはずっと、
この
自己否定ループ
の中で
生きていました。
だから、
必要だったのは
無理やりポジティブになることでも、
自己肯定感を上げようと頑張ることでもなく、
まず
「自分の中で何が起きているのか」
その正体を理解すること
だったんです。
「ああ、
ぼくは怠けていたわけじゃないんだ」
「弱いからこうなっていた
わけじゃないんだ」
「ずっと同じ反応を
繰り返していただけなんだ」
そう思えた時、
心が少し軽くなりました。
そしてもう一つ、
とても大きかったのが
否定されない環境
でした。
その人は、
ぼくの話を聞いても
否定しませんでした。
「それはしんどかったですね」
「それだけ苦しかったら、
そうなるのも当然ですよ」
「あなたなら大丈夫です」
そんなふうに、
今までのぼくが
一度もかけてもらえなかった言葉を
自然にかけてくれました。
ぼくはその時、
ようやく気づいたんです。
自分は今まで
「変わり方」が分からなかったんじゃない。
安心して変われる場所
がなかったんだと。
ずっとぼくは、
失敗したら責められる
ダメな自分を見せたら嫌われる
弱音を吐いたら迷惑になる
そんな前提で
生きてきました。
だから、
何かを変えようとしても
すぐに怖くなって止まってしまう。
自分で自分を責めて、
また動けなくなる。
でも、
否定されない人と出会ったことで
「失敗してもいい」
「ネガティブでもいい」
「今のままでも価値がある」
そう思える瞬間が
少しずつ増えていきました。
すると不思議なことに、
行動も変わり始めました。

「どうせ無理だしやめよう」
→「無理かもしれないけど、
とりあえずやってみよう」
「またダメだった」
→「またダメだった、
でもこれも一つのデータ」
「自分には価値がない」
→「上手くいかなくても、
自分の価値までなくなるわけじゃない」
こんなふうに、
自分に向ける言葉が
少しずつ変わっていったんです。
大きな変化ではありません。
でもこの
小さな変化の積み重ねが、
ぼくを自己否定ループの外へ
連れ出してくれました。
そして気づきました。
ぼくが自己否定ループから
抜け出せた理由は、
たった一つではありません。
必要だったのは
この3つです。
① 自己否定ループの正体を理解
② ネガティブな自分を敵にしない
③ 否定されない環境で小さく行動
この3つが揃ったとき、
ぼくの人生は
少しずつ動き始めました。
「自分のために生きていい」
「やりたいことをやっていい」
「今のままでもいい」
「自分にも良さがある」
そう思えるようになって、
ようやく
本当の意味で
自分の人生を
生き始めることができたんです。
このような状態になってくると、
無理に前向きにならなくても
自分を責め続けることが
少なくなっていく
停滞していたことが
少しずつ動き出し
周りの目に
振り回されることも
減っていく
落ち込むことが
あっても
落ち込んだまま
自分を否定し続ける時間は
確実に減っていきました。
ネガティブな自分のままでも
前よりずっと
生きやすくなった。
そういった変化を
感じるようになりました。

これまでのぼくは、
過去の劣等感や失敗によって
「自分の本音で生きること」を
諦めていました。
「どうせ自分にはできない」
「また失敗するかもしれない」
そうやって、
自分を痛めつける言葉を
何度も浴びせてきました。
けれど、
「過去に今を選ばせる必要はない」
「できなかったことも、これからやればいい」
「ありのままの自分でも、
今からやりたいことを選んでいい」
そう思えるようになりました。
自己理解で
“本当の自分”を知り、
自己受容で
“そのままの自分”を許したとき、
ネガティブな自分を
無理に変えようとしなくても
自分を責め続けることが
少しずつ減っていきました。
落ち込むことが
なくなったわけではありません。
それでも
自分を否定しながら
生きる必要はないと
思えるようになったんです。

だから今、もしあなたが動けずにいるなら、
大きな行動から始めなくていいんです。
まずは、今の自分を知ること。
そして受け入れること。
ぼくもそこから人生が動き始めました。
そして今では、
あの時ぼくが
受け取った言葉や考え方を
今度はぼくが
届けていきたいと
思うようになりました。
ぼくのこれまでの経験を元に
発信している内容に
共感してくれる方や
「心が軽くなった」と
言ってくださる機会も増えました。
中には、
「たまたまあなたの投稿を見て
自殺を思いとどまりました。」
と、言ってくださる方まで
いました。
そのたびにぼくは、
過去の自分が
あれほど苦しんでいたことにも
ちゃんと意味があったのかもしれない。
そう思えるように
なっていったんです。
昔のぼくは、
ネガティブで
自信がなくて
すぐ落ち込んで
そんな自分のことを
心の底から嫌っていました。
でも今は、
その性質があるからこそ
気づけることがある。
その痛みを知っているからこそ
寄り添える人がいる。
そう思えるようになりました。
ありのままの自分でも、
誰かの力になれる。
そのことが
今はとても嬉しいです。

こうしてぼくは、
自己否定ループの正体を知り、
ネガティブな自分を
否定しないことを覚え、
少しずつ
自分の人生を
取り戻していきました。
そしてようやく、
そして、自分の人生のハンドルを握り
主体的に生きることが
できるようになったのです。
ですが同時に、
強く思うようになりました。
昔のぼくと同じように
「どうせ自分なんて」
「またダメかもしれない」
「何をしても無駄だ」
そんな
「否定の言葉」を
自分に浴びせ続けて
動きたくても動けず、
自分を責めて
苦しみ続けている人が
きっと
たくさんいるんじゃないかと。

あなたを取り巻く
環境によって
周りの顔色ばかり見てしまう。
自分に自信が持てない。
人と比べて落ち込む。
挑戦したいのに
「どうせ無理だ」と止まってしまう。
本当はしんどいのに
平気なふりをしてしまう。
そんなふうに、
解決法も分からないまま
自己否定ループの中で
消耗し続けている人が
いるんじゃないかと。

過去に傷ついたことは
事実です。
否定されたことも、
苦しかったことも、
なかったことにはできません。
時間を戻すことも
できません。
でもぼくは、
その過去のせいで
あなたのこれからの人生を
諦める必要はないと
お伝えしたい。
そう、強く思いました。
「ネガティブでもいい」
「今のままでも価値はある」
「自分の人生を生きていい」
そう思えるようになって
自分を認めることで
まるでなかった自己肯定感が
育ってきました。
本当の
自分の気持ちに気づいて
他人の物差しで
自分を見ることを辞めたら
自分のことを
ずっと大切にできるように
なりました。
過度な自己犠牲をしない
自分を否定しない
自然体な自分で
居られる時間が増えました。

以前は、
人の期待に応えようとして
自分をすり減らし、
失敗を怖がって
動けなくなり、
何をしても
「自分には価値がない」と
思っていました。
でも今は、
落ち込む日があっても
前より自分を責めすぎずにいられる。
うまくいかない時も
「もうダメだ」と自分を否定するより
「じゃあどうするか」を
少しずつ考えられるようになりました。
自分を否定し続けながら
生きる毎日からは
少しずつ抜け出せました。
そんな自分になれました。

以前のぼくなら、
こんな未来があるなんて
信じられなかったと思います。
だからこそ今、
あの時出会った言葉や人に
心から感謝しています。
そして同時に、
何度も絶望しながらも
完全には諦めなかった自分にも
「よくここまで来たな」
と声をかけてあげたいです。
「自己否定ループの正体」を知り、
今の自分を受け入れること。
これが、
ぼくの人生を
動かしました。
「過去に囚われなくていい」
「自分の本音を出すことはわがままではない」
「いつからだって人は変われる」
これらを受け入れ、
味方に支えてもらいながら
自分で乗り越えることで
「生きててよかった」
そう心から思える
人生を手にいれることが
できました。

以前のぼくは
人の顔色を伺い
本音を飲み込みながら
生きていました。
自分の気持ちより
相手の機嫌を優先し
嫌われないように
失望されないように
ただ必死に立ち回る。
そんな生き方を
続けていました。
気づけば
人を信じることもできず
心はどんどん
空っぽになっていき
「自分には何の価値もない」
そんなふうに
思うようになっていました。
しかし
ある出会いをきっかけに
ぼくは
自己否定ループの正体を
知ることになります。
そして
ネガティブな自分を
否定するのではなく
理解して
受け入れていくことを
少しずつ
学びました。
すると
今まで止まっていた人生が
ゆっくりと動き始めたのです。
そして
少しずつ
自分の人生を
生きている感覚
を持てるようになりました。
これは誰にでも
実現可能だと
断言できます。

なぜなら
人と比べて落ち込み
自分を責め続け
何をしても
自信が持てず
自分の価値が分からなくなり
何度も
「もう終わりにしたい」
そう思っていた
そんな
ぼくのような人間でも
変わることができたのですから。
ぼくがやったことは
「このまま終わりたくない」
「自分の人生を生きたい」
「生きててよかったと思える人生にしたい」
その望みを諦めきれず、
自分の手の届く精一杯のことに
チャレンジし続けただけです。

「まずは自分を知り、
受け入れることが背中を押してくれる」
「自己否定には仕組みがある」
「そのままでも価値は変わらない」
そう思えたことで
自分への考え方が変わりました。
そして、
自分の理想を叶えている
先駆者から学んで
正しい方向の努力をすることが
大切なことだとわかったのです。
ぼくがこの記事を
書いている理由は
普段のご相談の傾向から
ぼくと同じように
過去に受けた心のキズによって自分を出せず
誰に相談することもできず
息苦しい毎日を過ごしている方が
この公式LINEにたくさん
いるのではないかと思ったからです。
そんな方が
一歩を踏みだす
きっかけになればいい。

そして
本来の自分を取り戻し
輝く未来を手に入れて欲しい。
そう心から思っているからです。
だからと言って、
ぼくの考えが
絶対というわけではありません。
色々な考えの方が
世の中にはいます。
その考えを否定することは
ありません。
ただ、
これだけは言わせてください。
あなたの人生は
あなたが決めていい。

誰かのためではなく
自分のために生きる人生です。
時間は無限ではありません。
命には限りがあります。
その限られた人生を
あなたはどうしたいですか?
過去には戻れません。
今からしか生きられないのです。
どうせ人生終わりが来ることが
決まっているのなら、
幸せで楽しいものにしたい。
そう思いませんか?

でも
8割の人は
「どうせ変われない」
「挑戦は怖い」
「今更もう遅い」
「努力するのがめんどくさい」
そう考えて
行動することを
諦めてしまいます。
これは、
投資を毛嫌いしている人と
同じ状態です。
ただの貯金ではなく、
投資しておけば
価値が上がる可能性の方が高いのに
どうせ変わらないと思いこみ
挑戦を怖がり
今更遅いと諦め
学ぼうともせず
得ることができたはずの利益を
ドブに捨てている
宇宙飛行士になるより確率の低い
宝くじを毎年買って
叶わぬ夢を見ている
しかし、この記事を
ここまで読んでくださっている
あなたは
無理に自分を変えなくても
自分の本音を大切にしながら
生きていきたい。
ネガティブな自分を
否定し続ける人生ではなく、
もう少しだけ
自分に優しく
生きられる人生にしたい。
そう思っているはずです。
それなら、
やることはただ1つだけ。
諦めずに進み続けましょう。

大丈夫です。
この記事をここまで
読んでくださっている
強い意思を持つ
あなたなら
過去に縛られず
本音を選べるようになり
あなたらしい人生を歩む
その素質を持っています。
今の自分ができることを
精一杯やっていきましょう。
大きな山を登る時も
小さな一歩の積み重ねです
その小さな一歩を踏み出して
『自己否定ループの正体』を知れば
あなたはもう
成長していくだけです。

大丈夫。
あなたは必ず
自分の本音を大切にしながら
ネガティブな自分を否定し続けることなく
自分に優しい人生を歩むことができます。
もちろん
そこまでの道のりは
楽な道のりではありません。
楽ではないですが、
隣にぼくがいます。
ともに歩みましょう。
ぼくがあなたの
輝く未来に向かう
背中を支えます。
「生きててよかった」
そう思える人生にしましょう。
あなたはあなたの人生の
主役なのですから。

今日も
簡単なワークに
お答えくださいね。
実際に行動できる人は
たったの2割です。
===========
本日のワーク
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Q.あなたが人生で1番
大切だと思うことは?
例) 感謝の心
☟こちらからお答えください。

ワークではあなたのお名前は
分からないようになっています。
回答はぼくにしか
表示されませんので
安心してくださいね。
今日も最後まで
読んでいただき
ありがとうございました!
また明日の20時にお会いできるのを
楽しみにしております。
すみにゃん🐱


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